長崎北陽台&鹿児島・宮之城に捧げるバラード。

 西日本・東海地方への大雨の影響により各地で予選大会の順延を余儀なくされた中、鹿児島大会では予定通り準決勝が行われ、鹿児島工と鹿屋が夏の出場をかけて決勝戦で当たる事になった。どちらが勝っても初出場。鹿児島工は波乱の鹿児島大会の中、唯一残ったシード校で37年ぶりの決勝進出、意地を見せられるか。

 その鹿児島工と18日(火)、準々決勝で対戦したのが県立高校再編で来年3月に閉校となる宮之城。



 部員は15人で全員3年生、1年の頃からずっと一緒で練習から後片付けまで自分達でやっていて武器は「チームの結束力」

 1回戦、開陽戦を7-0、3回戦も池田戦を11-4とコールド勝ちと勢いが感じられる試合運びで「宮之城劇場」と呼ばれる。
 4回戦ではシードの鹿児島城西を2-1の接戦で下す。シード校連破で鹿児島工に勝たないかと思っていたが準々決勝で力尽きてしまった。

【準々決勝】:県立鴨池球場
 宮之城  =000 021 010 4
 鹿児島工=012 001 001 5
  【宮之城】 上野  【鹿工】榎下-下茂

 スコアを見ると3点リードされながらも6回に同点、その裏1点取られても8回に再び同点に追いつくなどシード校を相手に一歩も引かぬ互角の試合展開だったが、最後は上野投手がサヨナラ適時打を浴びついに「宮之城劇場」に幕が下りた。

 ◆宮之城59年の歴史に幕/高校野球◆
来年3月、創立59年で閉校するため、新チーム結成後、毎日が最後だった。後輩はおらず、練習場の整備は3年間自分たちで続けた。奥薗研太主将(3年)は「そんな毎日が最高の思い出で、チームのまとまりが武器でした」という。

 5回に3連打で1点差とし、6回に同点。勝ち越されても8回に奥薗の適時三塁打で再び同点とした。シード校に2度も追いつくたくましい野球に、ユニホーム左袖に記した「気魄(きはく)」の2文字が輝いていた。

 97年に鹿児島北西部を襲った震度6弱の地震で町全体が被害を受け、入来商に仮移転し、グラウンドを間借りして練習を続けた。もとのグラウンドに仮設校舎が建つと、宮之城町(現さつま町)が町営グラウンドを無償で貸し出し、チームを支えた。この日も多くの町民が応援に駆けつけた。敗れはしたが、ナインは全力プレーで応えた。

 試合後、保護者と応援の生徒による“花道”をナインは涙で行進した。最後のミーティング。顔をくしゃくしゃにした選手に神村監督が優しく語りかけた。「最高の試合でした。これで59年の歴史が閉じるが、お前らは最高の仕事をした。胸を張って宮之城に帰ろう」。

 過去最高タイの8強で野球部の歴史は幕を下ろした。校章のモチーフは植物のラン。最後の瞬間、ナインは確かに感動の花を咲かせた。
 ◆夢みたいな時間に幕 宮之城マネジャー・肥後理沙さん◆
 これで宮之城高校の名前は無くなってしまうが、その戦いぶりは高校野球ファンの記憶に残り続けてゆく事と思う。

◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇

 昨年夏清峰が出現するまで、自分の中で鮮烈な印象を残した長崎県代表とは波佐見でも長崎日大でもなく長崎北陽台であった。
 「県内有数の進学校」「優勝候補を破ってのベスト8入り」というイメージのギャップが大きかったためかも知れない。ユニフォームやスクールカラーから「青い旋風」と称された。

 この年(1994年)は夏の大会で九州のチームがベスト8中4校入っていて、後から調べて分かったのだが九州勢で初戦を勝った5校(佐賀商、樟南、柳ヶ浦、長崎北陽台、那覇商)は九州対決以外で一度も負けていない。九州勢が強い時代だった。しかも佐賀商、準優勝の樟南、長崎北陽台はエースがそれぞれ違うタイプのイケメン♪。

 優勝した佐賀商はある意味「史上最弱の優勝校」と言われてるらしーが^^;。でもあの決勝戦は燃えた。西原主将が4-4の同点で9回表、福岡投手から放った満塁弾。

平成6年(1994)選手権【決勝】
 佐賀商=000 003 014 8
 樟南  =030 001 000 4
  【佐】峯-碇  【樟】福岡-田村 【本塁打】(佐)西原・満塁

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 資料が無いので殆ど記憶を頼りに描いた【樟南】:福岡&田村。
 二人並んでこれほど絵になるバッテリーは他に知らない。浪商の牛島・香川以来じゃなかろうか。

 もう10年以上前の事なので記憶がかなり曖昧になってきているが、今でも鮮烈に脳裏に残っているのは1回戦関東一高を2-0と完封勝ちした試合と、準々決勝でエースの松尾洋和投手が連投の疲れから樟南打線に捕まってボコボコに打たれて5-14で負けた試合。
 (因みに2回戦:宿毛1-4長崎北陽台 3回戦:中越2-3長崎北陽台。

 関東一が相手をナメてかかっていたというのもあったが良く勝てたものだ。小江主将がセンターへの大飛球を背面キャッチしてピンチを救った場面も覚えている。
 全くの無名校がノーマークだった強豪校を破って快進撃するあたりは昨夏の清峰と良く似ているが、違っていたのは松尾=古川投手とするなら広滝、森選手に当たる人間が居なかった事だろうか。あのぜつぼー的な貧打線(T_T)。確かチーム打率が2割そこそこだった。

 準々決勝、樟南打線に打ち込まれて最後のマウンドに上がった松尾投手の天を見上げた笑顔は今でも忘れられない。「やるだけの事はやった」という感じの表情だった。

 松尾洋和投手はその後慶応大に推薦で入り、卒業後は社会人野球の大阪ガスへ。
 何でも本人は九州大志望だったのが(九州六大学リーグで野球が出来る)、浪人する可能性もあったので監督の勧めもあって慶応大にしたのだという。
 九大は無理めでも慶応はOKだったという事は、高校時代の私と大体似た様な学力だったんだろうかw。

 大阪ガスでは能見篤史投手が阪神に入団した穴を埋めるべく現在主戦級として活躍中。昨年の第76回都市対抗野球大会で補強選手に選ばれて2試合に先発。今でもイケメンだなぁ^^。
 第57回JABA京都大会ではチームを優勝に導き最優秀選手にも選ばれている(今年の58回大会では準決勝で敗退)。
 
 この時の長崎北陽台の活躍を取り上げた本「青い旋風in甲子園―ドキュメンタリー’94 県立長崎北陽台高校野球部の熱い夏」も出とるよ。(別に出版社の回し者ではないっっw。)
 因みに長崎北陽台のメンバーは松尾投手以外全員国公立大に進学。これは甲子園出場校中新記録だったらしい。

 佐賀商・峯謙介投手、樟南・福岡真一郎投手のその後については「西スポ50周年企画 九州アマ列伝」第2・40回に詳しい。
 
 今年の夏は3回戦、かつての「進学校で好投手を擁するチーム」北陽台を彷彿とさせる佐世保北と対戦し、1-3で惜敗した。

【3回戦】:県営野球場
 長崎北陽台=001 000 000 1
 佐世保北  =012 000 00×3
   【北陽台】四谷-安藤 【佐北】木村-金子 【本塁打】木村(佐北)


 ◆「最後」まで仲間信じた 長崎北陽台・浜町主将◆
 現在長崎北陽台ではベスト8入りした時の外野手で主将だった小江諭氏が長崎大学教育学部を卒業後、昨春から晴れて母校の監督に就任。果たして「第2の吉田洸二監督」になれるか。

 なにぶん公立の進学校で選手が集まりにくくてチーム作りは大変な事だと思うが頑張れ小江先生(ラグビーは強いけど)。挑戦はまだ始まったばかりだ。

 
   ↓野球好きな方もそうでない方も。
  
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by tokkey_0524zet | 2006-07-21 09:43 | 高校野球 | Trackback(2) | Comments(8)
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Commented by THP at 2006-07-21 23:05 x
ごぶさたしております。
雨続きで、なかなか地方大会が進みませんね。
東京は今日も東西全試合中止でした。
開幕までに本当に49代表校が揃うのか心配してしまいます。

さて長崎北陽台と宮之城、本当にどちらも残念でした。
4000校すべてにこのような夏のドラマがあるんですよね。
そして、誰かがこのことを受け継いで、また新たなドラマが始まる…
だから高校野球はやめられませんね。
Commented by tokkey_0524zet at 2006-07-22 00:14
おひさです。
予選そのものも波乱の多い大会ですが、開催に関してもアクシデント続きですね~^^;。
本当に8/6の開幕までに間に合うんでしょうか。土砂災害で地方大会どころではない所もある様ですが。
Commented by 虎哲 at 2006-07-22 00:41 x
TBありがとうございます。
>宮之城
少子化で廃校になる学校も相次いでますが、ここまで上位に上がれたことは記憶されていいですね。
>(1994年)
この年は僕がちょうど高校3年の時なのでよく覚えています。物心ついて以来、唯一夏の決勝を生で観られなかった大会でもあります。
平成以降、唯一公立校が出場の過半数を占めた夏の大会でもあって、公立勢が活躍した大会でもありました。
Commented by tokkey_0524zet at 2006-07-22 01:18
今晩は。 
昨日鹿児島代表に鹿児島工が決定しましたが、宮之城の分まで活躍して欲しいですね。
1994年の大会は決勝まで見てハマりまくりました。
そうそう、予選で有力校が敗退する波乱が多くて、日大や東海大の付属校が一校も出ていない稀有な大会だったんですよね。
Commented by 本宮美咲 at 2006-07-22 18:17 x
長崎北陽台の青い旋風…懐かしいですね。
今はあのころの勢いがないようにも感じられますが、それでも強豪校ですし、これからも注目したいと思います。

清峰、4強に残りましたね!
準決勝は24日、すごく楽しみですね♪

(http://always-good.at.webry.info/)
Commented by tokkey_0524zet at 2006-07-22 21:55
長崎北陽台・・・今や単なる普通の公立高校チームですよね^^;。
甲子園出場した時も実質松尾投手が中心でしたし。
ここ数年は公式戦、1回戦か2回戦で敗退するパターンが多かったので今大会2つ勝てたのはかなりな進歩ではないでしょうか。

準決勝、決勝はPC観戦出来そうなのでワクワクしております。
Commented by tetorayade at 2008-05-29 00:12
完全にぱくられていますね。
それだけ魅力的な文章だったんでしょう。
Commented by tokkey_0524zet at 2008-05-30 13:34
ある意味〝光栄〟です^^;。
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