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「明治バベルの塔」・・・1892年(明治25年)11月1日に黒岩涙香によって創刊された新聞「万朝報(よろずちょうほう)」。 ライバル紙「二六新報」に新アイデアの販売方法~定期購読者に福引券(一等から十二等まである)無料プレゼント~によって売り上げを追い上げられたため、涙香は対抗手段として“懸賞クイズ”を出した。 月・水・金発行の新聞に載せ、3問の答えが連結していて続けて買わないと正しい答えが分からないという仕組み。 賞金は500円(約一千万円)。難問過ぎて正解者が殆ど出なかったが、後で必ず解答を出したので読者には大評判となり万朝報は再び部数において二六新報を抜き返す。 ある時大物政治家の畜妾問題を揶揄した内容のクイズを出したが(新聞の3ページ目に各界著名人の妾調査などを掲載するという女性週刊誌まがいの事もやっていて、これが「三面記事」の語源)、解答を巡って殺人事件が起こる。 このクイズには二通りの正解が出てしまい、涙香が意図しなかったところの解答が皮肉なラストへと繋がってゆく。 “新聞契約の拡材に洗剤やビール券をタダで進呈”のはしりはこの頃から始まってたんだニィ(1897年~明治30年~に創刊された「河北新報」は人気投票や福引、種々なイベント等に力を入れて読者を獲得している)。 黒岩涙香は現在の新聞紙面構成の「型」を作った人で、 ・紙上で自らが筆を執った翻案西洋探偵小説を連載=新聞小説 ・内村鑑三、幸徳秋水、堺利彦といった知識人に随筆を書かせる=論説欄 ・両国の大相撲を記事にする=スポーツ欄 ・連珠(五目並べ)、撞球(ビリヤード)、トランプ、カルタ遊戯の欄を作る=将棋、囲碁等の娯楽欄 涙香は優れた小説家であると共に天才的ジャーナリストであった。 「四分割秋水伝」・・・前作で万朝報の社員であった幸徳秋水が「赤旗事件」の裁判を受ける所から始まって1910年(明治43年)の「大逆事件」で絞首刑に処されるまでの間、秋水の人物像を多面的な角度から描く。 構成は「上半身の秋水」「下半身の秋水」「背中の秋水」「大脳旧皮質の秋水」「ふたたび上半身の秋水」の章から成っている。 管野須賀子(すがの・すが)が幸徳秋水の愛人なのは知っていたが、10年間連れ添った国学者の娘である千代子夫人を「革命家の妻にふさわしくない」という理由で離縁して二十日足らずの内に須賀子を家に入れていたのは知らなかった。 須賀子が16歳でなさぬ仲の母親に頼まれた荒くれ鉱夫に陵辱されて家を飛び出したり、19歳で結婚するが横暴な夫と性格が合わずすぐに離婚していたり、大阪で有名な作家宇田川文海の弟子になるがそこでも犯されたり「赤旗事件」で何もしていないのに勾留された時、担当検事に拷問され容姿を侮辱された事からパラフィンを注入する隆鼻術、いまの美容整形手術を受けていたという事も。 当時美容整形の技術はそれほど発達していなくて、後遺症が脳神経に来て頭痛と精神の不安定をもたらしヒステリーの気があったという。 決して美しくはなかったが、肉感的な魅力があり「妖婦」「魔女」と呼ばれていて社会主義者の男どもを虜にし、やがて秋水を引きずり込む形で「大逆事件」の中心人物となってゆく。 いいとこのお嬢で美人だが病弱な妻よりエロくてバイタリティ溢れるブスに魅入られてしまった男の末路。 冒頭、江戸城が官軍に明け渡された明治元年(1868年)。官軍兵が何者かに斬殺され晒し首にされ、鼻まで削がれる事件が頻発した。 江戸市民は喜んだが東海道先鋒隊長の中村半次郎(桐野利秋)はこれに激怒。 「一殺多生!十殺多生!」(薩摩兵が一人殺されたら一人につき旗本十人を斬る)と報復を宣言する。 ここから先は様々な出自・境遇の旗本10人、決して英雄豪傑などではない普通の武士達の人生模様が描かれ、各章の終わりに突如官軍数名が現れて拉致されてしまうというパターン。 特に印象に残ったのが二人目・橋戸善兵衛と三人目・寒河右京の章。 橋戸善兵衛はその名の通り毎日他人の為に世話を焼き忙殺され、そのお陰で本人は三十半ばになるというのに未だ独り身。 ただ彼の親切ぶりは度が過ぎていて、困窮している者を救うのに周りの人間に遠慮なく寄付や援助を求め、誰でもそうする事が当たり前だと思っていて断るとこんこんと説教するw。 ある時知り合いの御家人の美しい娘が借金のカタに裕福な商人の妾になるのを嫌がって首を吊ろうとしたのを知り、持ち前の親切心を発揮してその商人の家に「借金を三分の一に負けろ」と直談判に行く。 商人は「三分の一負ける」事で話をつけたがその際善兵衛は「人間誰でも話せばわかるものだ、悪心だけの人間はいないものだ」「人間はみな本質的にはみな善人なのだ」と長々と“性善説”をぶち始めたので辟易して「借金は全部棒引きにしますから、お願いですからお引取り下さいまし!」と匙を投げて娘は救われ善兵衛の妻となる。 人の性はみな善だとなると、あとは顔で選ぶよりほかはなかったともいえる。善兵衛は妻をこわれものを扱う様に大切にしたが、妻は彼の独善的な愛情が重荷となってゆく。 ある晩侵入した曲者に善兵衛は縛られ、目の前で妻を犯されてしまうが離縁はせずに包み込んで許そうとする。 そして妻は家出をしてしまうが、何と犯された曲者と情を通じていてその男の庭で首を吊って死んでしまうのだった。 曲者「昔から知っておるが、おぬしはだいたい善意の押し売りをやってかえって人を困らせる男だよ。人が困っておるのに鈍感だよ。お節介屋で、しかも少々しつこい。その悪い一面がおぬしの嫁とりさ」万人性善説の善兵衛が初めて人を憎み、曲者と決闘しようと向かう途中でだんぶくろの官軍数人に遭遇、あっさり屯所へ連れてゆかれる。 ・・・いるな~現代でもこういう人。脳内お花畑な“自称いい人”w。 寒河右京は、彼こそが橋戸善兵衛の妻を手篭めにして溺れさせた張本人であったが善兵衛とは違う意味での「お節介屋」で、善兵衛の様な勘違いしている人間にわざわざ本人の所まで行って「本当の事」を言わずにはおれない性分。 それでいて人の恨みを買って殺される所までいかなかったのは、言いたい事を言いながら別に自分を偉い人間に見せようとはせず、変に命知らずなところがあって“片手間”で生きている様なところがあったため。 他人の「己の分際を越えた我」が強烈に気に食わず、“博愛主義者”橋戸善兵衛が美しい妻を娶ったのも「分際を過ぎている」と考えたため前章の如き挙に出たのである。 やがて彼は「要するに人間というものは、すべて有害無益なものである」と悟る。しかも、自分をも含めて。 他人の「我」に腹を立てていたのは自分の「我」以外の何物でもなかったと。 自己嫌悪に陥り「分際を越えた自分の我」を消すには死ぬより他はない、と死への憧れが強くなって来た所へ橋戸善兵衛からの果たし状。 約束の場所へ向かう途中でこれも官軍数人に遭遇、拉致されてしまう。 クライマックスでは意外な展開が待ち受けていて、何人かが死んで何人かが生き残るがそれがまた意外な面々。 奇想天外な忍法や大掛かりなトリックの類は出て来なくて山田風太郎の小説の中では地味な方かも知れないが、十分に水準以上の佳作。 ↓気が向いたらどぞ。
by tokkey_0524zet
| 2015-12-28 15:29
| 読書
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