ウルトラマンと円谷幸吉の町・須賀川。

 会津若松城へ行った翌日須賀川へ寄ってみた。
c0017651_22245195.jpg
 須賀川駅で降りてすぐ目に付いたのがウルトラマンのポスター。
c0017651_2225946.jpg
 「特撮の神様」円谷英二の出身地で、1901年(明治34年)に須賀川で生まれたとの事。
c0017651_22254532.jpg
 駅構内の初代ウルトラマン像。
c0017651_22262100.jpg
 何でも須賀川市とM78星雲・光の国は2013年5月5日に姉妹都市提携を締結したそうで(笑)、
c0017651_22262129.jpg




 これがその記念に建てられたモニュメント。妙にガチムチw。
c0017651_22314387.jpg
 M78星雲との姉妹都市提携を記念して、須賀川市内の6郵便局で2013年11月1日(金)より各郵便局で使用が開始されたウルトラヒーロー風景印。
c0017651_22323032.jpg
 ウルトラマンゼロは“セブンの息子”という設定で、「新ウルトラマン列伝」の主人公。(テレビ東京で毎週火曜日18:00~18:30放映中)
 福島空港でもウルトラ関連のイベントをやっていた様で、時間があれば立ち寄ってみたかった。
c0017651_2234467.jpg
 須賀川アリーナ横の「円谷幸吉メモリアルホール」。
c0017651_22352049.jpg
円谷幸吉:昭和時代後期の陸上競技選手。
昭和15年(1940年)5月13日生まれ。自衛隊に入り、昭和39年(1964年)東京五輪では1万m6位,マラソンで銅メダルに輝く。次回のメキシコ五輪での金メダルを期待されたが、昭和43年(1968年)1月9日自殺した。27歳。福島県出身。須賀川高卒。
【格言など】幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません(遺書)(日本人名大辞典+Plusより)
 「円谷」という姓は須賀川に多いらしくて、地元では“つぶらや”ではなく“つむらや”と読むそうだ。
c0017651_22364687.jpg
 パンフレット。
c0017651_22372865.jpg
 銅メダル獲得後、国立競技場の大観衆に向かって少し前屈みに手を振る円谷幸吉。既にこの頃から腰を痛めていたと思われる。

 実家には幸吉の没後家族の手で開設された「円谷幸吉記念館」があったが遺族の高齢化により閉館。須賀川市がこれを引き継ぎ平成19年(2007年)1月7日より「円谷幸吉メモリアルホール」として正式に公開された。
c0017651_2238321.jpg
 館内には東京オリンピックのポスターや円谷幸吉の全データ、使用していたシューズや練習着、オリンピック時に着用したブレザースーツにジャージ、
c0017651_22383445.jpg
 DVD&ラジオ音声による当時の実況中継、
c0017651_2239234.jpg
 金メダリスト“裸足の王者”アベベ・ビキラの写真、解体まで使われていた国立競技場の椅子等が展示されていた。
c0017651_2239483.jpg
 
c0017651_2240560.jpg
 プロフィールによると円谷は163cm、54kgで思っていたより小柄。
 こんな体格でよく外国人選手と互角以上に渡り合えたものよ。
c0017651_22404734.jpg
 元々はトラック&駅伝出身の選手で、マラソンを始めて僅か七ヶ月でオリンピック代表に選ばれる。
 当時は入賞の本命は毎日マラソンで二度優勝している君原健二か世界記録を出した事のある寺沢徹で、円谷はダークホース的存在だったのが予想に反しての銅メダル。
 しかも東京オリンピックで日本陸上界が獲得した唯一のメダルだった。
c0017651_22421962.jpg
 「男は後ろを振り向いてはいけない」との父親の戒めを愚直にまで守り通し、迫ってくるイギリスのベイジル・ヒートリーに抜かれての3位だったが、翌日防衛庁長官から第一級防衛功労章が贈られ一夜にして“英雄”となった。
c0017651_22432365.jpg
 しかしその後故障、婚約の破談、よき理解者であり協力者であったコーチの理不尽な転勤、金メダルのプレッシャー等から昭和43年(1968年)自衛隊体育学校宿舎の自室にて剃刀で頚動脈を切って自ら命を絶ってしまう。
c0017651_22434352.jpg
 沢木耕太郎著「破れざる者たち」(文春文庫刊)所収「長距離ランナーの遺書」によると、
君原健二は東京オリンピックで国民の過大な期待に圧し潰されて8位と敗れると、すぐに八幡製鉄の陸上部に退部届けを出した。
「死への逃避も頭にちらつか」ないわけではなかった、という。
マラソンにはふっつりと出なくなった。失意の時期に、円谷と同じようにひとりの女性に心を占領されるようになる。(中略)
君原が円谷と違っていたのは、最後まで自分の決意を大事にしたことだ。君原は我の強い男だった。彼は結婚し、再びマラソン界で活躍しはじめる。
メキシコ大会ではマモ・ウォルデについで銀メダル、ミュンヘン大会にも出場し、5位に入賞した。3回のオリンピックに出場し、すべて10位以内という素晴らしい記録を作った。
《私の競技生活も独身だったら可能だったかどうかわからない》
 何の番組だったか忘れたが「友に捧げる銀メダル」というサブタイトルで、同学年だった円谷と君原はライバルであると同時に仲も良く、メキシコオリンピックで君原は2位で競技場に入って来たが、普段はやらない「振り返り」をして後続の選手が迫って来ているのを確認、スパートをかけて突き放し見事銀メダルに輝いた。
 君原曰く「あの時普段はやらない振り返り確認をしたのは円谷の陰の声が振り返らせたのかも知れない」。

 どこまでも対照的なメダリスト。

 物心ついた頃、未だに現役で大きな大会で走っている君原をTVで見た記憶がある。
 既に全盛期は過ぎていたがそれでも15位で、黒縁の丸眼鏡をかけて颯爽と走る姿が印象的だった。

 円谷の業績を偲んで毎年須賀川で開催される「円谷幸吉メモリアルマラソン」(コースはハーフ・10km・5km・3km・2km・1.4km)に君原も毎回参加していて、走った後は円谷の墓参りを欠かさないとか。
c0017651_22471741.jpg
 君原健二は70歳は越えている筈だが今でも年に一回はフルマラソンを走るという。
c0017651_2247409.jpg
 館内には円谷が所属していた「自衛隊体育学校」入校案内のパンフレットも置いてあって、ただその採用基準が『全日本選手権大会で○位以内』とある程度の成績を収めた者でなければ入れない様になっている。
c0017651_2248588.jpg
 「レジェンド自衛隊体育学校」として円谷幸吉や重量挙げで二連覇(東京、メキシコ)を果たした三宅義信を始めオリンピックに出場した選手達の名前が連ねてあったが、民間企業に所属するのとどっちが良いのかね。

 実業団だとスポーツで成功すれば実入りはデカいと思うが。CMやTV番組、賞金レースに出たりとか。

 自衛隊体育学校に入れば「体育特殊技能者」「特別職国家公務員」として終生身分は保証されるし、怪我で駄目になったり引退しても生活の心配は無いと思うけど。

  価値観と生き方の問題かな。

  ↓気が向いたらどぞ。
  
[PR]

  by tokkey_0524zet | 2015-05-26 15:07 | その他スポーツ | Trackback | Comments(12)

トラックバックURL : http://sanaet0524.exblog.jp/tb/24153496
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by 6315x at 2015-05-31 21:21
最近、篠原信一がTVに出まくってますね(^_^;)
久留米の高良山登りは自衛隊の名物だそうですが
円谷幸吉が出した記録は
未だに破られていないんじゃないかな(^o^)
元祖山の神だったのかも('_')
Commented by tokkey_0524zet at 2015-06-02 01:23
篠原信一は宗兄弟が活躍した旭化成所属の選手でしたね。
見かけによらず頭が良くて面白い人だと思います。

陸上自衛隊幹部候補生学校から高良山まで約5.6キロ(標高差約150メートル)を30分以内で走るという伝統行事で、円谷が18分弱で走った記録は未だに君臨し続けてるとか。半世紀前の話なのに凄いですよね。

東京オリンピック総監督の織田幹雄が円谷のスピードに目を付けてマラソン転向を勧めたそうですがまさに面目躍如。
自衛隊体育学校がマラソンにおいて主流にならない限り今後破られる事は無いかも知れませんね。
Commented by 6315x at 2015-06-07 19:48
大湧谷の状態次第では
箱根駅伝もコース変更になるのかな(^_^;)
トヨタ九州に入った今井も
マラソンで少しずつ結果を出してきましたね(^o^)
柏原はどうなったんだろう(>_<)
Commented by tokkey_0524zet at 2015-06-07 21:43
今井正人は8月の世界陸上北京大会にマラソン代表で出場しますね。
どこまでトップに食らいつけるか見ものです。

柏原竜二には中学まで陸上をやっていた双子の兄がいるそうで、設楽、村山、市田兄弟など駅伝界の双子率の高さは異常ですね^^;。
Commented by 6315x at 2015-06-11 22:34
設楽姓の有名人率はなかなかのもの(^_^;)
名前に長・寿・世・界・一をはめ込まれた
山下さんちの五つ子は
40前後になるのかなぁ(>_<)
Commented by tokkey_0524zet at 2015-06-12 01:54
他の設楽姓有名人ははりさ子ぐらいしか知りません、スミマセン(^^ゞ。
山下五つ子は長女が東大に入ったそうで(上から早稲田、東大、立教、法政、玉川学園短大)、子供5人がいっぺんに大学に入れるぐらい裕福な家庭だった様です。
Commented by 6315x at 2015-06-15 21:50
稼ぎのいい芸人がいますよ(^_-)
山下さんは確かNHK職員じゃなかったかな('_')
泉重千代の記録は抜けそで抜けないですね(>_<)
Commented by tokkey_0524zet at 2015-06-16 00:46
山下さんも東大卒で一家そろって優秀ですね。
鹿児島や沖縄は長寿県だと思っていたんですが2013年度の日本一長生きの県は男女ともに長野県で意外でした(;゚ 0゚)。
Commented by 6315x at 2015-06-22 07:38
泉重千代は飲酒・喫煙しながらの長寿
沖縄はおおらかな県民性
長野は粗食の効果でしょうか(?_?)
やはりストレスが一番の大敵(>_<)
Commented by tokkey_0524zet at 2015-06-22 10:13
そうですね。ボケてまで長生きしたくはないですけど^^;。
Commented by 6315x at 2015-06-27 08:21
度々、物議を醸していますが
百田氏の傲慢さは鼻につきます(-_-;)
ヘイトスピーチと同レベルだと思うのですが(?_?)
しかも後から言い訳するし…
Commented by tokkey_0524zet at 2015-06-27 09:33
たかじんの長女が「再婚した妻側の話を無批判に受け入れた内容で、親族らに取材していない」と主張。長女がやしきさんに金を無心するなど、確執があったように書かれているとして「事実に反した内容で父親への思いや名誉を傷つけられた」と訴えた「殉愛」問題はその後どうなったんでしょうか。
百田尚樹の本は「モンスター」を購入しましたがまだ読んでいません(^^ゞ。

<< 自分大好き酒鬼薔薇くん。 会津若松城のアームストロング砲... >>

SEM SKIN - DESIGN by SEM EXE